(結果的に)縫合糸反応性肉芽腫であった消化管吻合の手術
食欲不振で来院された、雑種のわんちゃんです。保護犬さんの為、正確な年齢は不明ですが10才ほどだと思われます。
ダックスの女の子ですが、ご家族さまと出会われる前に、避妊手術を受けています。
元気がなく食欲がない状態が長く続いているとのことでした。加えて最近では間欠的な下痢と嘔吐が生じています。
体重もかなり落ちており、お顔の様子もションボリぎみでした。
◆早速検査をしてみます、、。
色々と検査をしたところ、腹部のレントゲン、と超音波検査で腸管の拡張と閉塞が疑われます。
血液生化学検査では、白血球増多と肝酵素の上昇、に加え(これが問題なのですが)低タンパクも認められました。
消化器疾患だけでなく、「低たんぱく血症」はあまり良くない所見です。
症状が出はじめて時間が経っていることから、このまま内科治療を続けていても改善は乏しいと判断しました。
なにより、ワンちゃんの体力の消耗が始まっていますので、いわゆる「様子を見る」時期は過ぎてしまっているようでした。
消化管の手術は多かれ少なかれ、ものが食べられない時期が生じますので術前の体力の程度は重要だと感じています。
現状をご家族さまにご説明させていただき、手術にご同意いただきました。(ご決断に感謝です)
★手術所見★
開腹所見ですが、写真右下の器具で抑えているのが「膀胱」です。指で挙上しているのが消化管です。消化管に「何か塊」がくっついています。
癒着している部分を剥離していきます。とてももくすぐに出血する状態です。しかも強固に癒着していました。
下の写真は、剥離したところです。周辺部位は、炎症が酷いです。
指で保持しているのが消化管、器具でつまんでいるのが子宮断端部です。
下の写真の中央部を見てください。何かヒモのような物が癒着部位から出てきました!!! 糸のようですね。この糸は絹糸(けんし)でした。(のちほど記載)
下の写真は剥離が終わったところです、右側で鑷子(ピンッセット)で挙上しているのは、子宮の一部(正確には避妊手術時に切除した断端)です。その右側のふくれている部分は
炎症により肥大し肉芽腫化した腸管の壁です。
しかも周囲の消化管が癒着をお腰、一部がねじれるような構造になっていました。おそらく血行不良をおこした結果、壊死が始まっています。
こうなってしまっては、剥離しただけでは消化管が機能できないので、血行の悪くなった部分(壊死部分)を
切除したのちに、消化管をつなぎ合わせることにしました。
下の写真は、消化管切除の準備をしたところです。患部を整置し、切除部位を決めます。
下は切除した消化管です。このあと、健常部どうしを繋ぎ合わせました。
糸をとりだして、周囲の体液をスライドグラスにとり顕微鏡で鏡検してみると「炎症細胞だらけ」でした。
★総括★
この子は保護されたわんちゃんでしたので、新しいご家族に会われる前に避妊手術を受けておりました。
おそらく、その際に使用した絹糸による子宮断端部に縫合糸反応性肉芽腫が生じ、消化管に癒着をおこした結果消化管壊死による閉塞ということがわかりました
昔は、避妊手術や去勢手術のみならず、外科手術に「絹糸」(けんし)を使うのはごく一般的でした。もちろん、この糸は医療用に認可されているものです。
しかし、ダックスをはじめとする犬種には、この「絹糸」との相性が悪いようで、糸をコアにして肉芽腫を作ったり、今回のように他の臓器に癒着したり、巻き込んだりする(縫合糸反応性肉芽腫)を作ることがあることが判ってきました。たしか西暦2000年を過ぎたあたりではなかったかと記憶しています。
こうした歴史から、他の犬種をふくめて、以下のことが言われています。
1.手術になるべく絹糸を使わない。(特に腹腔外科や胸腔外科など直接確認の出来にくい所)
2.可能な限りPDS-Ⅱなどの「モノフィラメント合成吸収糸」を使う。
3.可能ならば、高周波手術機器のシーリングデバイス(リガシュアやバイクランプ)などを用いて少しでも縫合糸の使用機会を減らす。
という時代に移ってきました。
※ 当院でもなるべくこの方針に沿った手術、縫合糸の選択、高周波手術装置のERBE VIO300D でバイクランプによるシーリングで手術を行っています。
上の左が、エルベ社のバイオ300dという機械です。右のハサミの用な器具が、バイクランプというデバイスです。
簡単に言えば、高性能の電気メスです。設定や接続するデバイスを変えることで、外科手術において大変優秀な相棒になってくれます。
そのデバイスの1つに「バイクランプ」というものがあります。挟み込んだ組織がシールされます。その後切除すると、縫合糸による結紮無しで切離することができます。
人間の方でも、無結紮(糸で結ばない)手術がこの機械で行われています。
★ 下痢や嘔吐はとても一般的な症状で、日常よく起こりがちですね。
しかし、程度によっては、入院や場合によっては手術が必要になる疾患が隠れている場合もあります。
特に、体重が減り始めているようでしたら様子をみる期間は最小限に留め、早めにかかりつけの先生に診てもらうようにしてください。また、下痢や嘔吐に加え、プラスアルファの症状が加わる場合にも診療をおすすめします。
さいたま市 武内どうぶつ病院