●犬の甲状腺癌●

平均発症年齢は10才で発生率に性差なしとの報告があります。60%で両側と言われています。すなわち左右ある甲状腺が両方とも同時に腫瘍になりやすいということです。これは他の臓器では稀です。たとえば骨肉腫が左右の足に同時に発生することは通常ありません。

また、甲状腺をはじめ内分泌臓器は腫れておおきくなると、そこから分泌されるホルモン量は増えるのですが、

甲状腺癌については、増加(亢進)するタイプが約10%、低下するタイプが30%あると言われています。しかも、甲状腺癌は浸潤性が強いことで知られている癌です。

つまり、周りを巻き込みながら増殖していきます。甲状腺に周りには重要な神経や血管、気管や食道がありますので、腫瘍の進行によってこれらの機能障害がでてきます。

このような特徴を持っている「犬の甲状腺癌」ですが、、、。治療は「取れるうちに取る」、「転移する前に取る」というのがシンプルな原則かつ重要です。

片側のみで、小さく、浸潤がないものは切除後の平均生存率は7から8ヵ月。転移がなければ中央生存値20ヵ月という報告があります。

そして、犬の甲状腺癌は、なぜかビーグルに多い印象があります。(今まで私自身が経験した甲状腺癌の患者さんも全てビーグルさんでした)

実際、報告ではボクサー、ゴールデンレトリバー、シェルティー、ビーグルが好発犬種と記載されています。

転移率の高い悪性腫瘍として知られており、左右両側に発生した場合、転移率は片側のみと比べ16倍の転移率との報告があります。

当院の例

甲状腺部位の腫れが認められるため、バイオプシーを行うところ。

超音波(エコー)で血管部位を避けて、実施します。

わんちゃんが動いてしまうと危険を伴うため、当院では甲状腺の生検は原則、鎮静をおこなって実施します。

指で挟んでいる部位が腫れている甲状腺です。

治療

悪性腫瘍ですがから、外科切除ということになります。

しかし、両側性の場合には少々問題があります。

この甲状腺には「上皮小体」という小さな器官がついていて、主に体内のカルシウム管理・調節をになっっています。この機能を要する他の代替器官がないために、手術で両側の甲状腺摘出を実施した場合には高確率で「上皮小体機能低下症」に至ります。

すなわち、「低カルシウム血症」となるため術後管理を慎重に行わねばなりません。

また、片側性であっても前述したように浸潤性が強いものは、すべての腫瘍を摘出できないことがありますし、すで遠隔転移(肺、肝臓、腎臓、副腎、脳、頸椎、心臓等に転移する)をしている場合には抗がん剤による化学療法を考慮します。

また、転移が無くても、術後に補助的化学療法として、抗がん剤の投与をおこなうことを考慮します。

※ 最近の知見として、「トセラニブ」(薬名パラディア)による甲状腺癌患者さんへの効果が検討されています。

補足

トセラニブ(パラディア)は、「分子標的薬」と呼ばれ、細胞増殖や浸潤、転移などに関与する「分子をターゲット」としてその制御を目的として開発されたお薬です。

既存の抗がん剤に比べて副作用が少ない(無いわけでは無い!)とされています。もともとは、「犬の肥満細胞腫」という悪性腫瘍に対するお薬として世に出たものですが、その他の癌に対しての治療が試みられてきています。

まだまだ模索段階ですが、パラディアは「肥満細胞腫以外のさまざまな固形がんに対する臨床応用に期待の持てるお薬」といえます。

甲状腺癌、転移性骨肉腫、鼻腔内癌、アポクリン腺癌、扁平上皮癌、などで試みられています。また、猫ちゃんにも状況に応じて使用可能ということもわかってきました。ただし、「効能外使用」となるため主治医の先生と動物のご家族さまとお話ししながら使用法をきめていかねばなりません。

前述したように、トセラニブ(パラディア) は安全性の高い部類のお薬ではありますが、動物の状況のみならずご家族さまの生活環境や状況によってはこのお薬を「使用しない方が良い」場合もあります。

担当医と話し合って投薬の有無を決めていくのがよいと思います。