猫の慢性下痢症。IBDとリンパ腫について(追記あり)

下痢はもっともありふれた症状のひとつですが、対症療法しても下痢が3週間以上続く場合には、「慢性下痢症」と呼ばれ、経過を見る時期を過ぎた状態と考えられています。すなわち、何らかの原因探しをした方がよい時期ということです。

「下痢症」には、実に色々な疾患が候補にあがります。

食餌(食物不耐性・食物アレルギー)、感染(クロストリジウム・トリコモナス・ジアルジア・FIPなど)膵炎、胆管炎、肝炎、甲状腺機能亢進症などなど。

慢性下痢(時に嘔吐)でははつねに考えておかねばならない疾患に、「IBD(炎症性腸疾患)」「リンパ腫」があります。

◆IBDとは?

消化管の粘膜に慢性の炎症をひきおこす疾患のことです。炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease)を略してIBDと呼んでいます。

 

このIBDですが、消化器型リンパ腫(とくに高分化型リンパ腫 、低悪性度リンパ腫)との鑑別が大切です。簡単に言えば一方は「炎症」で片方は「がん」ですから似て非なる物といえます。

※リンパ腫は、腫瘍の中で「悪性腫瘍」に分類されますが、その中でも高分化型や低悪性度、小細胞型と呼ばれるタイプのものは、悪性度合いがわりと低いタイプです。

検査には、以下の様なものが実施されます。

 

エコー検査(超音波検査):消化管に異常な腫れや肥厚がないかを見ます。

内視鏡検査と生検:直接ファイバーを挿入し、消化管内部を目視下で観察すると同時に組織生検の為の材料を採取します。

病理検査とリンパ系細胞のクロナリティ検査:これは特定のクローン、つまり同じ顔の細胞がコピーされたように増殖しているか否かを見る検査ですが、クローン増殖ありなら、腫瘍性の増殖をしている可能性が高いということになります。

 

今回、慢性下痢症に悩まされているラグドールの猫ちゃんが診察を受けにこられ超音波検査で、消化管壁の肥厚が認められた為、私が尊敬している専門医でいらっしゃる日本小動物医療センターの消化器科の「中島亘先生」に、検査をお願いしました。

 

実はラグドールは、別の消化器疾患である「好酸球性硬化性線維増殖症」の好発猫種かも?と言われているので、こちらの疾患も懸念していましたので、中島亘先生の勤務している日本小動物医療センターまで、私自身が猫を連れて行って来ました。

「好酸球性硬化性線維増殖症」は解剖学的に胃の幽門部や回盲結腸接合部という場所に生じやすいと言われており、時に外科手術が必要であり、慎重な管理・治療が必要な疾患なので懸念していたところでした。(※ メインは内科治療になります)

 

中島先生の診察・検査の結果は「リンパ腫」ではなく、「IBD」でした。炎症性腸疾患、簡単に言えば「慢性腸炎(腸症)」ということでした。

  • 治療

炎症を抑える為に、ステロイド(プレドニゾロン)シクロスポリン、クロラムブシル(リューケラン)などを投与します。また、食事は「低アレルギー食」の給与(新奇たんぱく食や加水分解たんぱく食)を行います。

ただし、猫ちゃんはフードをこちらの意図どおりにはなかなか食べてくれません。低アレルギー食には、ヒルズ Z/D、ロイヤルカナンの低分子プロテイン、セレクトプロテイン、猫用はまだですがアミノペプチドフォーミュラ(近日発売予定)やアミノプロテクトケアなどの製品があります。

◆経過

結論からも申しますと、猫ちゃんの下痢はなかなかコントロールできませんでした。硬くなる時もあるのですが、時には血便となったりで不安でした。そこで、中島亘先生のご助言を得て新しい薬「ブデソニド」を試みることになりました。猫での投与方法をお聞きして「ブデソニド」投与を開始いたしました。

ブデソニド(budesonide)は日本名「ゼンタコート」と言い以前から海外では発売されていましたが、日本国内で販売されたのは、ごく最近のことです。

ゼンタコートは腸溶剤となっていて、小腸や結腸近位の粘膜をターゲット部位としてダイレクトに有効成分のブデソニドが放出するように作られています。ヒトでは、「クローン病」の治療に使われるお薬です。ブデソニド(budesonide)は、局所作用型のステロイド剤で、吸収後されると肝臓で速やかに代謝(分解)される為に、全身にまわりにくいためにステロイドとしての副作用が少ないと言われているのも特徴です。

炎症性腸疾患は、長期にわたってステロイドを使うことが多いため、副作用軽減が期待できるのは朗報ですね。

便の調子が良くなってくれることを願っています(現在、治療継続中。また経過をご報告いたします)

◎まとめ

多くの下痢や嘔吐は対症療法で良くなることが多いですが、1ヶ月以上続く慢性の消化器症状の場合には、検査を受けた方が良いでしょう。特に体重が落ちてきた場合には、要注意です。

犬でも猫でも、IBD低悪性度リンパ腫(多くがT細胞型)との区別は専門家でも議論の的になり、鑑別が難しいことが知られています。ちょっとステロイドを投与するとどちらも症状が軽減することもあります。やはりコレは!と疑う場合には、専門医の診察を受けることも大切です。専門施設の良い所は診察・検査・診断・治療が1つの流れで実施できる点ではないかと思います。

※ 当院では、特殊な診断が必要な疾患や専門診察を希望される方には、専門施設をご紹介しています。可能な限り担当される診療科や先生までご紹介いたしますので、ご相談くださいませ。

さいたま市 大宮 見沼 さいたま新都心の動物病院 「武内どうぶつ病院」です。

 

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(追加ご報告)

ゼンタコートに変えてから、便の形状は明らかに安定してきました。時折軟便のことはありますが、プレドニゾロンを使用していても時々みられた

血便は無くなりました。これからもモニターをしていかねばなりませんが、ブデソニドの効果はあったようです。症状が安定していれば、用量を減らしていければと思っています。

(追加ご報告 2)2017/11/7

便の形状は大変良好で、とても良い便がでています。1ヵ月以上良好な便が続いたため、現在ブデソニドの減量を段階をおって実施しています。

今のところ再発はなさそうですが、おそらくある一定量まで減らすと下痢が再開するはずです。(悲しいですが)

同時に、定期的に血液検査によるモニターを行い、ブデソニドの副作用が生じていないか診ていく必要があります。

 

★治療の選択肢として★

猫のIBD(炎症性腸疾患)において、ステロイド抵抗性の症例で「シクロスポリン」を投与し良好な経過をたどっている報告もあります。ブデソニド以外の選択肢としても有効だと思われます。

※ シクロスポリン製剤は、お薬によって猫の消化管内での吸収率に差があるため、「動物用に認可されたシクロスポリン」を使用する方が良いとされています。

 

さいたま市 大宮 見沼 さいたま新都心の動物病院 「武内どうぶつ病院」です。