肛門嚢腺癌(肛門嚢アポクリン腺癌)★追記有り

犬の肛門周辺に生じる「腫瘍」は、「肛門周囲腺腫」「肛門周囲腺癌」「肛門嚢腺癌(肛門嚢アポクリン腺癌)」の3つがよく見られる腫瘍といえます。

今回の「肛門嚢腺癌(肛門嚢アポクリン腺癌)」は昔の報告では雌犬に多い腫瘍といわれていましたが、その後、雄でも雌でも発生率に違いは無いという報告もでています。

いずれかの機会に書きたいと思いますが「肛門周囲腺腫」と違い、性ホルモンとの関係性は明らかになっていません。

日本では、mix犬、ミニチュアダックス、シーズ、ラブラドールレトリバーでの発生が多いとされています。

肛門嚢腺がんは、肛門嚢(肛門腺)に発生した癌(がん)です。この腺が、組織学的に「アポクリン腺」と呼ばれる為に、「肛門嚢アポクリン腺癌」と呼んだりします。

腫瘍ができる所は、肛門腺の場所にできますので、肛門を正面に見て4時と8時の位置にシコリができます。しかし、外見上でははっきりしないことも多く実際に触診したり、肛門に指を挿入した内診をして始めてシコリの発生に気づくこともあります。症状は初期は無症状ですが、排便時にいつもと違う仕草をしたり、便の形状の変化、時に血便などが生じます。シコリ自体が大きくなると外見上ハッキリするように患部が膨らんできます。

この腫瘍の症状として、「多飲多尿」がでることがあります。これは「腫瘍随伴症候群」として生じる「高Ca血症」が引き起こす「腎臓障害」の為です。「肛門嚢腺癌」の患者さんの約50%におきるとされています。この腫瘍が、「カルシウムを増やせ!というホルモン様の物質=(上皮小体関連ペプチド PTH-rP) 」を放出している為です。ちなみに、高Ca血症を引き起こす腫瘍は、肛門嚢腺癌の他にもリンパ腫や多発性骨髄腫などが知られています。

排便困難がでてくることがありますが、これは「腫瘤が増大」しているサインであることが多いです。その理由は、腫瘍本体だけでなく腰骨の下にある「リンパ節転移」により、直腸が圧迫されたことに起因することが予想されるためです。

治療

この手術でいつも頭を悩ませるのは「どこまで切除するか」ということです。これを「サージカルマージン」といいます。

「癌」ですからできるだけ大きく、がん細胞を取り残すこと無く完全切除したい。ですが、大きく切除し過ぎると、肛門周りの筋肉の減少の為に、術後の排便障害(排便コントロールがうまくいかない)がおきてしまいます。とくに体格の大きい子の場合には、室内を汚してしまったりする確率も上がることになり、ご家族様のお世話の負担が大きくなってしまいます。

また、術前に「高Ca血症」が認められればその治療も平行して実施する必要がありますし、リンパ節転移が明らかな場合には「腰下リンパ節切除」も考慮せねばなりません。

予後

外科切除が十分に実施出来たか否か、転移の有無、高Ca血症の有無などで変わってきます。

また、化学療法(抗がん剤投与「カルボプラチン」や「アドリアマイシン」など)、放射線療法などを行う事もあります。このように色々な組み合わせの治療を行うことを「集学的治療」と呼んだりしますが、大切なのは個々の患者さんとご家族の皆さんの状況によりベストな治療法は違うということだと思います。

いわゆる獣医学的な王道が必ずしも全ての動物に当てはまるわけではありません。

また、「トセラニブ」薬名:パラディアというお薬による効果が最近報告されています。本来、「肥満細胞腫」という腫瘍(がん)に対するお薬として発売されましたが、それ以外の癌に対しての有効性が、徐々に報告されているお薬です。当院でも、肥満細胞腫以外の腫瘍を持つ患者さんに使用し、一定の効果を実感しています。このトセラニブ(パラディア)については、また別の機会でお話ししようと思いますが、「分子標的薬」という部類のお薬になります。多くの抗がん剤が注射薬であるのに対し、飲み薬ですので、ご家族様も投薬に対する負担が軽くなるかもしれません。

現在、効果的な抗がん剤が見つかっていないタイプの腫瘍患者さんの場合にも、期待の持てるお薬かもしれません。もちろん、過度の期待は禁物です。

 

 

肛門嚢腺癌(肛門嚢アポクリン腺癌)の当院での治療例をご紹介します。

 

症状は排便時の出血でした。

直腸内診で右の肛門腺の位置に直径3cmほどのシコリが認められました。

 

右の肛門腺の位置が少しふっくらしています。

 

肛門腺の導管開口部より、カテーテルを挿入し分泌物の検査をすると共に

シコリとの位置関係を確認しているのが下の写真です。

 

どうやら単純な肛門嚢の拡張ではなく、しっかりとした「コブ」を形成しているようです。指の間に「しこり」が存在します。ちょうど親指ほどの大きさのようです。

この時点で、針生検(細胞診)を実施する予定でしたが、肛門嚢の腫瘍である可能性が高いと判断されるため、早急な手術による摘出をおすすめさせていただきました。

術前の血液検査、画像検査(レントゲン、超音波検査)にて、高Ca血症は無く、全身状況は良好で、腰下リンパ節群の転移は現時点ではないようでした。

★後日、飼い主さまに同意いただきましたので手術をすることになりました。

ご家族様の決断に感謝いたします。

肛門部は、とてもダーティーな部位ですので、術前術中に消毒を繰り返し行います。右肛門嚢の導管開口部に消毒したガーゼを挿入しておきます。

 

導管を露出したところです。結紮離断します。

 

全体像が見えてきました。中央の少し光って見えるところは、直腸壁です。

 

この部分は、切除部位に「体液」いわゆる水が溜まりやすく、また術後感染を引き起こしやすい部分です。深部からしっかりと縫合していきます。

 

摘出した腫瘤です。術前に挿入したガーゼが付いています。少しの間は入院での管理となります。

病理検査の結果、残念ながらやはり「肛門嚢腺癌(Analsacgland carcinoma)」でした。手術前に予想していた結果とはいえ、残念です。

退院し、7日後に再診していただきましが、排便時の出血も完全になくなったとのことでした。術後の治療についてはご家族様とお話しし、治療内容を計画中です。

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★★患者様が、患部の再診(定期チェック)にご来院されました。

術後12ヵ月がたちましたが、再発はしていません。画像検査上リンパ節への転移も今のところは認められていません。

今後再発する可能性もありますので、引き続き経過観察していく予定です。

※ さいたま市 大宮区 さいたま新都心 見沼 の武内どうぶつ病院です。 腫瘍・がん・癌についてもご相談ください。